リチャード・ドーキンスとイギリス科学
オオバユウイチ(アソシエイトプロフェッサー)
リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins, 1941-)というイギリスの科学者を知っているだろうか。多少とも知っている人ならば「ドーキンスって科学者?」というかもしれないが、科学者と呼ぶのがお気に召さなければ科学啓蒙家と呼んでもよい。少なくとも、サイエンスが知的でエキサイティングな営為であることを世間一般に知らしめるという意味で、ドーキンスによる科学啓蒙書の著述活動は、サイエンスの振興にとって重要な役割を果たしていることは間違いがない。
ドーキンスの著作は多いが、『利己的な遺伝子』の著者であると言えば思い当たる人も少なくないに違いない。私たちを含めた生物は「遺伝子」を次世代に運ぶための乗り物に過ぎない、というセンセーショナルな内容で世界を驚かせ、一躍ポピュラーサイエンスの寵児となった。もちろん、ドーキンスの書いていることは所謂トンデモの類いではない。科学的に正しいことを、インパクトのある表現でわかりやすく解説し、科学に興味のある一般人に科学の本質を伝えているのである。生物学を違った見方で知ることがこんなにも世界の見方を変えるものか、という知的なセンスオブワンダーを、この本からぜひ体験してほしい。
イギリスには、こうした、科学者ではない一般人が社会の要求とは関係のない基礎科学を楽しむ「ポピュラーサイエンス」の伝統がある。中でも、ドーキンスの著作群はイギリス本国に限らず世界中で圧倒的な人気を誇り、その内容をめぐっては科学者をも巻き込んだ議論に発展することも珍しくない。
ところで科学者とは何者であろうか。19世紀中頃、科学を職業とする人が現れはじめ、イギリスの哲学者ヒューエルは彼らを「サイエンティスト」と名付けた。つまり、それまでは科学者という「職業」はなかったのである。だから、アイザック・ニュートンもロバート・フックも科学者ではなかった。要するに彼らのやった「万有引力の法則」も「細胞の発見」も、すべて道楽者の趣味だったのだ。
医療や産業など国民の豊かな生活のために科学研究を行って収入を得る「科学者」とは異なり、知的な楽しみとして科学を行ったり議論したりする人々「ヴァーチュオーソ」の系譜は、科学者が出現した後も続いた。
たとえば、生物進化における「自然選択説」を発見したチャールズ・ダーウィンは、生涯いちども科学で収入を得たことはなかった。父親が有名な開業医で、さらに妻エマは世界最大級のイギリス陶器製造会社ウェッジウッドの娘であったことから、彼は生涯お金に全く苦労しない立場にあったのだ。
同じことは、イギリスのウォルター・ロスチャイルドにも言える。ロスチャイルド家2代目男爵であったウォルターは家業の金融業には興味を示さず、莫大な資産を湯水のごとく使って動物学の研究に明け暮れ、蝶や鳥に関する多数の専門書を残した。彼こそが、ヴァーチュオーソの典型といってよいだろう。
こうしたイギリスのヴァーチュオーソたちは、夜な夜なロンドンのコーヒーハウスや自分たちが設立した「協会」に集い、科学の議論に熱中した。もちろん、とびきり知的な場所であるから、参加する側は装いにも大いに気を使っていた。ジェントリー階級の彼らにとって、科学を楽しむことは、文学や芸術や政治を論じることやファッションの話題と同様、ひとつのステイタスでもあったのだ。そして、もちろんこのことは、ポピュラーサイエンスが今に息づくイギリスの伝統と無縁ではない。
翻って、現代の科学者はどうだろう。幸い日本の科学者は(倫理に反することでなければ)大学でどんな研究をしても文句は言われない。ただし、研究に必要なお金は、基本的に文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)に応募して当たらなければもらえない。当然ながら科研費は、国の重点課題に集中して配分される。すなわち、医療、産業、テクノロジー、要するに「役に立つ科学」である。
一般の人たちの科学に対するとらえ方も、この国家方針にほとんど一致していることは、新聞記事での科学の取り上げ方を見れば一目瞭然である。だから、講演会などで私がいかに科学の面白さを力説しても、最後には必ず「結局、それは何の役に立つのですか」という質問が出てくる。
「そういう偏った学問の進め方では真の科学の発展は望めない」という意見は、ノーベル賞受賞者たちが事あるごとに言っているとおりであるが、役に立つ研究にしか研究費が配分されないという世界の動向は改まるどころか一層強化されてきている。かく言う私も、心では古きイギリスの伝統を引き継ぐヴァーチュオーソを自負しつつも、研究費用は文部科学省に頼るしかなく、科研費の申請となるととたんに「私の研究はこんなに役に立つんです」と精一杯のアピールをしてしまうのが情けない。
最近、なんとイギリスにもこの波が押し寄せてきているという。2009年、イギリス政府は産業の発展に直結する科学研究を優先し、それ以外の基礎研究費を大幅にカットすることを宣言した。目先の発展にあくせくしているどこぞの国はともかく、ニュートンやダーウィンを排出したイギリスまでもがそういうことを言う時代になってしまったのだ。
だいぶ前の話になるが、ドーキンスが学会での特別講演のために来日したとき、到着したドーキンス夫妻を新幹線のホームまでひとりでお迎えにいくという大役を任されたことがある。ホームに降り立ったドーキンスは想像通りのダンディぶりで、ネイビーのチョークストライプスーツに内羽根のブラックシューズだった。ちなみに、アメリカの科学者は、どんなに有名人でも短パンにサンダル履きで、何年も前の学会ノベルティーのクタクタなTシャツ姿だったりする(そういえば、髭モジャで汚い服装の2人の写真を並べて「Prof or Hobo?」なんていうジョークが昔あった)。
さて、新幹線ホームでドーキンス夫妻をお迎えしたあと、一緒にタクシーで学会会場へと向かった。もともとドーキンスのファンだった私は(実は、ドーキンスと並ぶポピュラーサイエンスのスターであるアメリカのスティーヴン・ジェイ・グールドの方が好きだったのだが)、直前に本屋で買い込んだドーキンスの最新著書を手渡し、この時とばかりにサインを求めた。
「私は進化生物学を研究していて、あなたの著書の大ファンです、何か一言サインしていただけませんか!」
するとドーキンスは、私が手渡した本を見て「オー、そうですか。嬉しいね。では一つサインしましょう。ララ(当時のドーキンスの妻で、女優兼デザイナー)なんて書いたらいいかね。そうそう、ここにホーキング(イギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング)の本の紹介があるだろ。僕はよくホーキングと間違われるんだ。名前が似てるね。ハハハ。」などと冗談を言いながら、しばらく考えたあと、さらさらとサインを書いてくれた。
Best wishes for your career, Richard Dawkins
おい、考えたわりにすごくありがちな一言じゃないか!と思いつつも憧れのドーキンスにサインをもらって大喜びしていた私が懐かしい。
さて、学会での特別講演は素晴らしいものだった。内容は、「生物はなぜ今あるような姿をしているのか」という産業や医学の発展とは全く関係のない純粋な生物学の話であった。おそらく秘書が用意したスライドだろうが、古い学術書を見ているかのようなセピアがかった背景に飾り文字。科学が知的な楽しみであった時代を意識したに違いない。なんと憎い演出をする男だ。中身のある男は、ちょっとしたこだわりがやたらとカッコよく見える。
ドーキンスの来日には、もうひとつ印象に残っている出来事がある。講演後に行われたレセプションのときのこと。会場に美しい妻を連れてさっそうと現れたドーキンスは、ウィンドウペンのツイードスーツにフルブローグのスエード茶靴。なんと昼間とは全く違ういでたちだったのだ。はるばるイギリスからこの日のために2着のスーツと2つの靴を持ってきているとは!しかも、会場にいるのはファッションのことなど全く無関心な日本の大学教授たちだというのに!
無用の科学を楽しむことが抜群に格好良かったオールドスクールなイギリス科学の真髄をドーキンスの立ち振る舞いに見た気がした。
Richard Dawkins (1976) The Selfish Gene. Oxford University Press, Oxford, UK.